2012年9月9日日曜日
人気のエントリ
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舞城王太郎ファンってのは、わたしが思っている以上に多いようでして…… そんな舞城が「九十九十九」なんていうJDCトリビュート作品を書いているものですから、「どれ、元ネタのJDCシリーズとやら、一度読んでみるかな」などと思う人が出てくるのも無理からぬ事。かく言うわたし...
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舞城王太郎 のルーツを辿って、 清涼院流水 を読み始めたのは失敗だったのか何だったのか。やっとの思いで、御大 (清涼院流水)、の『 JDCシリーズ 』を、読破しました。 原稿用紙にして一万枚。文庫にして六千二百五十頁。通常なら二十五冊分の分量を、十二冊に詰め込んでいる...
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舞城王太郎『ドナドナ不要論』読了。いわゆる“難病物”だが、舞城が“大切な人が死んで悲しい”などという物語を紡ぐ訳もなく、そこに生じる理不尽との折り合いの付け方や、難航する意思疎通の解決が描かれる。「恥こそが日本人の強みだったのにね。それを一部でも失い始めるとゆっくりと確実に...
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一人称語りは取調べに対する供述で、語り手が事件に関与していると思ったがミスリードだった。選良と娼婦の二面を持ち、挙句に絞殺された女性の心の歪が主題。歪を描くために用意された登場人物がまた、それぞれに歪を抱えている。個々の歪は誰だって抱える程度のものだが、お互いが不協和音を奏でな...
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【ネタバレ有】村上龍らしからぬ清々しいい読後感。でも自立をもって救いとする辺りは、村上龍らしかも。あとがきに「誰かを救うことで自分も救われる、というような常識がこの社会に蔓延しているが、その弊害は大きい」とある。相手を救おうとする時点で、相手を対等な人間として見ていない……...
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文藝春秋九月号を、やっと読むことができた。第一四七回芥川賞発表が特集されている号だ。 この号には芥川賞受賞作が全文掲載されているのだが、実は受賞作の掲載には興味がなく、“芥川賞の選評”こそが目当てであったりするのだ。 ここで誤解なき様に言っておくのだが、受賞作の掲載に興味...
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舞城王太郎に松小説なんて書かせたらきっと主人公は「首だけが六つで、肩から下の全てを共有する六つ子」として描かれるだろうし、何それ怖いなんて怯えながら『九十九十九松』を読んでみたんだけど全くそんな事はなくて、松要素を絡めつつ見立て殺人で殺される六人のメタ探偵九十九十九を描いて...
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村上龍っぽくないけど、このロマンチシズムはやはり村上龍か。恋人が死んじゃう話なんて、照れくさくて読めないかも……なんて思ったけど、意外とすんなり読めた。淡々とした視点と語り口が、わたし的には心地良いのですよ。ケンジの何でも理で割りきろうとする姿勢が、私が物語に入り込む事を阻...
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初期三部作の中で、最初に執筆された作品。他二作と比べると、比較的物語としての形を留めているからまだ読みやすい。全共闘時代が下敷きになっていることが判ればメタファも解りやすく、特に冒頭部分などは「おいおい、高橋源一郎なのにそんな安直な比喩で大丈夫か?」と心配になるレベル。解りやす...
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良くも悪くも、清涼院流水らしい小説。溢れんばかりのTOEIC愛は伝わってくるし、あるあるネタも面白いのだけれど、いかんせんプロットも表現も独りよがりな印象しか受けることができない。しかしながら、この自己満足的な雰囲気こそが御大の持ち味だろうし、この雰囲気を楽しむことができて...